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英文校正でひどい目に合わないための思考

「文章を英語に変更すること」と「英語論文を作成すること」には大きな違いがあります。

この大きな違いに気づくのに私も時間がかかりました。

留学した当時は、英語が出来る人がみんな賢く見えました。今は授業で課題を出すことがあるので、学生の英語を見ますが、文法でミスがあったり、分かり難いかったりします。

日本語を出来る人が、みんな日本語で上手に論文を書けるでしょうか。とはいきません。

「そりゃ英語が出来ても文章を書くのが苦手な人いるよな」

と感じるようになりました。さらに、

英語が出来る = 英語論文が書けるとはいきません。これは間違いない事実です。

それを肌で体感したのが、某会社の翻訳の質を見たときに、あまりに酷いと思いました。全てとは思いませんが、学生以下のような英語で、それを平気で「出来ました!」と送っている業者がある事が正直、本当に寂しいです。以前の僕を含めて英語が苦手な場合は、「出来ました!」と言われて頂く書類が良いのかさえわからない。

私のお客様の1人もそうでした。

幸いなことに、その方の英文校閲のお仕事を引き受け、無事に非常にレベルの高い雑誌に論文を通すお仕事ができましたこんなコメントを頂きました

しょうがないですが、これは恐い事実です。誰が訳したのかもわからない。

その文章を良いと思い込むしかない。

ここで、私の中で大きな疑問があります。

そこで働いている人が論文をかけるのか?

論文を書いて、何処かに投稿して、論文を通したことがあるのであろうか。

そのような会社に良い研究者が働いているのでしょうか。

良い研究者は、良い仕事を持っていて大学で勤務しています。もしくは研究者として企業で活躍されています。そこでは働きません。

言い方は少し酷いかもしれませんが、大学を出た英語が話せる方。もしくは修士課程を修了して研究経験の極めて薄い方。極めて少ないと思いますが、少しの可能性を考えて博士号までとったけど、仕事が取れなかった方。良く聞くのは、インド人です(安く雇えるから)

この中の誰かで、大半は、大学を卒業した程度の研究論文を書くレベルからはかけ離れた「英語が出来る」人がやっているだけです。

日本で論文を書いた・論文指導をされた方であれば、わかるでしょう。自分の英語で投稿したい論文を、大学生のレベルの英語が話せる方にお願いして書いてもらうでしょうか。きっと、信用はしないだろうと思います。私は、大学生・大学院生の文章も読んで添削もしていますが、

論文を出せるに値する文章を課題で提出してくる学生はほぼゼロです

そのため、英語が出来る = 英語論文が書けるとはいかない、なのです。

これが、私が辿り着いた結論です。

何回か英文に文章を直して欲しいと博士課程の頃からお願いされて喜んでもらうことが出来て、これなら

「自分のが絶対に良いサービスが提供できるんだな」と思って、英文校閲を始めています。

私は、ただ単に某業者を批判して、お仕事が欲しいとは全く思っていません。アメリカの大学教員として働き、Googleでメンタルコンサルタントとして活動し、NASAの研究評価者を務め十分満足しています。ですが、某業者ではなく実際の研究者に論文を校閲してもらいたいという方もいらっしゃいます。ほんの少しでもその方に「英文校閲をお願いします」とご連絡を頂けるだけで幸せなのです。そのため、この記事を見て、あまりスッと入ってこなかった場合は、某業者を介して英文校閲から英語論文を掲載させる。それで何の問題はないのです。

お伝えしたい一貫性のあるメッセージとしては、英語で論文を書くことに興味を持っている読者様を見るのは嬉しいです。日本語の論文は残念ですが、世界的に見てほぼ価値がありません。世界的に見て日本語を使う方は本当に少なく、その結果良い論文も日本語だとほぼ見られないというのが現実なのです。嫌な気持ちになかもしれません。ですが、私も以前日本語で論文をいくつか執筆し、ほぼ誰も読んでいないだろうと引用数から感じる淋しい事実なのです。その点、英語は多くの可能性を秘めています。英語で論文を執筆されたい読者様がいることがあっぱれです!

私がお手伝い出来る事、経歴、英文校閲でよく受ける質問に関しては以下からご覧ください。

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